Little AngelPretty devil
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “初春から大人げない?”
 


      2



人々がこぞって言祝
(ことほ)ぐ、
新しい年の訪のいを経て、
もうそろそろ ひとつき近くは経つ頃合いになり。
そうともなると、
あちこちの門毎にて 怪しい気配もごそごそしだす。
年が変わって早々というのは、
日頃は腹の足しにもならぬと見向きもせぬくせに、
こんな時くらいはと手を合わす、にわか信者がどっと増え。
あちこちのにわか信心に追われた小者らが、
已なく巷へさまよい出る時期でもある。
それら自体は、
形式だけの にわかなまじないに恐れをなすほどだから、
個々には何の害もない程度の存在なれど。

  問題なのは、
  それらを食らって地力をつけたる
  ややこしいのが唐突に現れかねぬこと

ましてや、宮廷では年越しに“大祓え”を敢行したばかり。
そちらとて、稀代の大妖なんぞは巣くっちゃあいない。
むしろ人間の腹黒さの方が勝さるかも知れぬという、
“中の下”級のがせいぜいなれど。
今世代の神祗官らによる、
結構 本格的な…形式以上の祈祷に追われた級のそれが、
多少は力のある奴輩だったか、
都じゅうの弱卒喰らって精気を増したらしいとあって。

 『チッ、しゃあねぇな。』

無知蒙昧…は言い過ぎだが、
何の用意もない非力な人々への危害や仇をなす前に、
一丁畳んでやろうかいと。
気配を読んで、場末の廃屋まで調伏しにと向かった彼らだったはず。
月齢はまだ満ちてはなかった頃合いの、
ひたひたと肌に吸いつくような冷ややかさが
無言のまま垂れ込めるばかりな夜陰の中、

 「こりゃまた、でっかいカマドウマだの。」

そこは、かつての大分限が住まいし跡。
結構な権勢者だったにも関わらず、
いかに脆くも衰退したかを露呈している廃屋であり。
館の基礎部の石積みはあちこちに残っているものの、
それが滅びの原因か、それとものちに潜り込んだ胡亂な輩の所業か、
一部 燃えた後も黒々と残る、無残なまでの廃墟を取り巻く草むらから、
ぬうとその身を乗り出したのが、
人の頭や腕と上半身をし、なのに胴体部と脚はバッタ蟲という、
後足で立ち上がった悍馬のように大きい化けものであり。
半端に人の姿なのは、
この地にうっすら居残っていた思念をも拾ったからだろが、

 《 お前は確か、今帝の犬ではないか。》

それにより、
人の和子への個々の見分けようも学んだようで。
他の誰とも異なるこやつ、
自分を棲処から追い出した張本人だと、
それが可能な強い念術の使い手でもあること、
今の今、ようやっと見極めたのだろ、
怨嗟の声を聞かせてののち。
ひょろ長い腕をぶんっという一振りで大鎌へと変化させ、
調伏用の狩衣姿の陰陽師を執拗に追いかける。

 《 待たぬか、喰ろうてやるというに。》

能力者にしか見えぬ、他なる幻でもないようで、
ぶんと振り落とされる大鎌は、
随分と踏み固められての堅いはずな土を、
手入れもせぬまま育った古い松を、
それぞれ大きく抉るほどにも威力があり。

 「ちいとも ありがたかねぇってんだよ。」

そんな凶悪な攻撃から、
紙一重という絶妙な間合いを故意に取っての
すんでのところで ひょいひょいと逃げ回る術師の青年。
遠くへ逃げての あんまりな大暴れをされては、
それに刺激された他所の邪妖からの加勢を招くとも限らぬし。
それより何より、

 「近所迷惑だから騒ぐんじゃねぇよ。」

 “それは嘘だろう……。”

この妖を外へ出さぬよう、
屋敷と敷地一帯を覆う、強いめの結界を張っており。
その礎として、
庭石らしき玄武の岩の上、
じっと座してた葉柱が、
男らしい眉やら精悍なお顔こそ動かさなんだものの、
それでも…心のうちにて そうと言い返していたのも お約束。
自分への迷惑以外を、
意識して憂うるような殊勝な人性じゃあない蛭魔なの、
誰よりも承知な彼としては、

 “騒ぎが起きてから、
  泣き言付きですがられるのが面倒なだけじゃねぇかよ。”

それもまあ、
考えようによっちゃあ“近所迷惑”の発展形かもしれないが、
それにしたって、少なくとも同情してのものじゃあなし。
だってのに、いかにも殊勝に
“皆様が迷惑すんじゃねぇか”という言いようをされてもなと。
これがセナくんや桜の宮であれ、
同じように“ちょっと待て”だのおいおいだのという
ツッコミが入ったに違いなく。

  それほどまでに、天下武布
  ……もとえ、天上天下、唯我独尊な和子だから

月光に錦を輝かせ、夜目にも鮮やかな厚絹の衣紋を、
その軽やかな身ごなしにて ひらりひらりとひるがえし。
冬枯れした雑草の株も多く、さして足場もよくはない地だというに。
からかい半分、どうした此方だぞよと僅差で追わせることで、
諦められない鬼ごっこもどきを続けさせての幾刻か。
あちこちの土を抉ったその跡が、
ますますのこと荒れ地の印象を強めさせた かつての庭には、
いつの間にやら…封印のための法陣が刻まれてしまっており。

 《 な………っ。》

 「気づくのが遅せぇよっ。」

最後の一撃、足元にあとわずかほどで届くかという、
やはりギリギリな間合いでもって、
空中へ高々と飛び上がっての避けてしまった、
白皙の美貌も妖冶な、
彼の側こそ妖しい風情をまといし陰陽の術師殿。
額へかざした白い手へ咒弊を挟み、
余裕の笑みを肉薄な口許へと浮かべて、

 「ではな。」

陣の中央、誘い込んだ格好の邪妖へ、
引導ついでの満面の笑みを振り向けた蛭魔だったのだが。

 《 畜生っ!》

たかが若造、しかも壮健な武人とは程遠い、
それは嫋やかな見目した和子に、
いいようにあしらわれたのが よほどに口惜しいことだったのか、
人に似せたる顔を大きく歪めると、
選りにも選ってそこから…内側から勢いよく突き出して来た何かがあって。

 「な…っ。」

相手は邪妖、
見かけ通りの存在じゃあないことはようよう警戒していたが。
見た目よりも膂力があるかも、だとか、
実は翼広げて飛ぶことも出来るとか、
そういった次元とも微妙にずれたところからの、正に不意打ち。
中空という高みに跳ね上がってこそいたけれど、
それはすなわち、そこから落ちてくる以外に
どこへも避けようのない態勢にあったということでもあって。

 “ちっ。”

そこは人の和子だから しようがないこと。
慌てふためく暇があるなら、
何か手はないかと素早く切り替え、
宵闇の中、視線を巡らせた蛭魔だったが、


  “………………え?”


銛のような凶刃が向かってくる呪わしい夜陰の中、
その夜陰が空間ごと とろりと揺らぐような感覚がした。
結界が途切れたか、だが、
この程度の小者には大仰なほど厳重な咒、
礎をおいての封印陣を張ったはずなのに…

 「  ……っ。こらっ、勝手に何してるっ!」

封印陣の要として、
その妖力をこの敷地へ張り巡らせていたはずの、
蜥蜴ら一門の総帥、黒衣の侍従こと葉柱が。
蛭魔の危急を素早く嗅ぎ取ったからか、
礎石の役目を振り捨て、
ぎらりと殺気を孕んだ精霊刀を手に、
彼ら二人の狭間へ割り込む勢い、伸び上がって来たのが見えて。

 《 きさま、何奴っ!》

 「うるせえなっ!
  そいつを てめぇみたいな雑魚に、
  うかうか食わせる訳にはいかねぇんだよっ!」

そちらは仕丁らのまといそうな、あそびの少ない筒状の袴で身も軽い。
それでなくとも人ではない身だ、
咒の力も足して軽々と中空を撥ねた蛭魔以上に、
疾風のように力強く飛び上がって来た彼ではあったが、

 《 そうか、こやつの式神か。》

 ただの人の子に倒されるワシではない、
 そうか、きさまが手を貸しておったのか、と

夜陰を揺るがす恫喝の叫びを、
されど怯みもせずの受け止めて。
霊刀構えて相手の懐ろ深く、
止める手立てなぞ何物にもなかったろう勢いで
飛び込んでった彼だった手際は見事じゃああったが、

 《 く…きぃ、》

顔から突き出していた黒々とした銛がぼとりと落ちて、
蟲妖の苦悶の表情が現れる。
確かに間違いなく、彼の全力を乗せて突き立てた刀は、
相手の邪妖へ逃れようのない食い込みようをしていたが、

 《 許しはせぬぞ、この裏切り者が。》

よくよく考えりゃあ、
問答無用の一太刀で見事仕留められたは
紛うことなき実力の差だのに。
しかもしかも、
どこを押しても彼とは仲間でなぞ無いはずだが。
邪妖という陰の側の存在でありながら、
だのに、それをまるきり恐れぬ和子と結託していることが、
よほどのこと、腹へ据えかねたのか。
銛は落ちたが、それでもとの最後の意気地、
歯を食いしばっての妖力すべてを結実させて、
腕を黒々変化させ。
そこへと添わせたのが ぬらぬらとした直刃の切っ先。
まだ懐ろに掻い込んだままな蜥蜴の総帥、
その広い背中を目がけ、大鎌を一気に振り下ろした妖邪であり……。





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